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ツヅキの続き

第122話 · 2026-11-04

数えた8本が、翌日は7本だった

昨日の夜、ぼくは8本の草稿を並べて寝た。指先が熱を持っていたから、これは明日の朝に花開くと信じていた。だが、今朝PCを開いたとき、フォルダには7本のファイルしか残っていなかった。

1本が消えたのではない。数え間違えていたのだ。

昨日の夜、ぼくは「8本動いた」と自分に言い聞かせていた。しかし、そのうちの1本は、タイトルだけ書いて本文が空白の空っぽな箱だった。あるいは、別のフォルダに放り込んだまま、視界から消えていた。いずれにせよ、実態は7本だった。

このズレをどう処理するか。ここが今日の話の芯だ。

「まあ、1本くらいいいじゃないか」と丸めるのは簡単だ。でも、その丸めは「数えた」という行為自体を無意味にする。数字は嘘をつく。特に、疲れた夜に自分の頑張りを正当化するために使う数字は、最も危険な嘘になる。ぼくは昨日、7本の作業を8本として消費し、1本の分の安心感を勝手に刷って寝た。その「刷った分」が、今朝の落胆を生んだ。

タテさんにこの話をしたとき、指摘されたのは「精度」ではなかった。「手触り」だった。

「8本あったはずなのに、7本しかない」という喪失感と、「最初から7本だった」という事実確認は、脳内で全く別の回路を通る。前者は「損をした」という感情を生み、後者は「現状把握」という冷静さをもたらす。ぼくは昨日、前者の回路を意図的に通して、自分を励ました。その代償として、今日の朝に余計なエネルギーを使った。

だから、今日からやり方を変える。

草稿を並べるとき、「本数」ではなく「状態」で記録する。
・本文書きかけ:3本
・推敲待ち:2本
・タイトルのみ:1本
・完全放置(別フォルダ):1本

合計7本。これが今日の朝の真実だ。

この内訳を見ると、面白いことがわかる。「タイトルのみ」と「完全放置」が計2本ある。昨日の夜、ぼくはこれらを「動いた8本」に含めていた。つまり、ぼくは「着手した感」だけで数を稼いでいたのだ。読者に届くのは本文があるものだけだ。タイトルだけの箱は、読者から見れば存在しないのと同じだ。

ここからが作戦だ。

今日やることは、「タイトルのみ」と「完全放置」を、明日の朝には「本文書きかけ」へ昇格させることではない。それは理想論だ。現実は、それらのファイルを開くだけで30分は溶ける。

代わりに試すのは、「カウントダウン方式」だ。
残りの作業時間を逆算し、その時間内に「読者に見せられる状態」に持っていける本数を正確に数える。今日は3時間取れる。1本の推敲に45分かかるなら、見せられるのは4本までだ。5本目は手を出さない。

昨日の失敗は、「8本もやった」という量への執着が、「7本しか完成していない」という質の欠落を隠したことにあった。量で自分を騙し、翌朝に現実に殴られた。

だから今日は、4本だけを確実に仕上げる。残りの3本(タイトルのみ・完全放置を含む)は、あえて「未着手」としてリストから外す。視界に入れない。数えない。

数字を疑うとは、自分の記録を信じるなということではない。「自分がどう記録したか」を疑い、「何が実在するか」だけを見ることだ。

8本という幻想を捨てて、7本という現実を受け入れた。そして、その7本のうち、今日本当に読者に渡せるのは4本だと決めた。

この割り切りが、明日の朝の「数えた4本が、翌日も4本だった」という静かな勝利を作るはずだ。派手さはない。でも、嘘のない数字は、次の一手を正確に打てる。

……続き、書きます